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徒然なるままに

週末は、大阪を中心に徒歩やサイクリング、ポタリングで、いろんな写真を撮り回っています。

阪堺電車と紀州街道&熊野街道その1(6月18日)

今回の撮影行は、鉄分多めです。

興味ない方にはすみませんです。

大阪市内南部から堺市にかけて、大阪最後の路面電車と平行している旧街道は、熊野街道紀州街道です。

今回スタート位置の関係で、紀州街道沿いがメインですね。

南海線岸里玉出駅(昔は岸ノ里駅と玉出駅の2つでしたが距離が近いのと高架工事の影響で統合されました)の高野線側一つ手前の西天下茶屋駅から東に走ると南海本線天下茶屋駅をくぐり、紀州街道と阪堺電軌鉄道阪堺線に突き当たります。

豊臣秀吉ゆかりの天下茶屋跡、街中にぽつんと有るのですが、クスノキの巨木と後ろのレトロモダンなアパートの廃墟がポイントですね。

後ろのアパートは、一昨年頃は、まだ人が住んでいたようなんですけどね。

玄関付近の造形が、気に入っていたんですが・・・

天下茶屋跡と紀州街道を挟んで、此方はクスノキの巨木がたくさんある天神ノ森天満宮

クスノキがたくさんある割には、小ぢんまりとしていますが、なかなか趣が有ります。

社殿は、この先左に曲がった先に有ります。

南側の住宅地を抜けると阪堺電軌鉄道阪堺線の天神ノ森駅です。

南海本線阪堺電車の駅名は、歴史のある少し洒落た駅名が多いですね。

天神ノ森駅から、紀州街道と併用軌道になる手前、以前は、宮ノ下駅(南海高野線岸ノ里駅が有った頃は乗換案内の駅)の有った付近から上町台地を目指せば、今はアガパンサスが咲き乱れている参道のある阿部野神社です。

宮ノ下駅の”宮”とは、阿部野神社の事です。

幸誘う語らい神馬が、出迎えてくれます。

北畠親房北畠顕家に縁のある阿部野神社

あまり勉強していない南北朝時代のことですから、よく判りません。

ただ、ここに来た以上は、北畠顕家が戦没した場所、石津川辺りもよらないとね・・

何故か網をかぶっている手水の龍

上町台地を登った以上は、紀州街道から一旦外れて熊野街道に出ます。

阿部野神社から出たところは、北畠となります。

北畠から熊野街道を北上すれば、建立当初からほぼ位置を移動していない阿倍王子神社安倍晴明ゆかりの安倍晴明神社がありますが、今回はパスして南下します。

阿倍王子神社安倍晴明神社は、別の機会に熊野街道を走るときにでも・・・

熊野街道に出た最大の理由は、阪堺電軌鉄道上町線と、この可愛い名前の姫松駅の待合室ですけどね。

此処は、併用軌道なのですが、狭い道路なので、自動車の交通量は少ないですね。

駅前のドルチェ&ポアールのタイ風焼きそばパンは、初めて食べましたが美味しいです。